NO.6 beyond #3


使魔に連れてこられたのは、都市の中でもひときわ大きい豪邸。
自宅を懐かしむ気持ちはなく、は無表情でいる。
少しでも顔を崩してしまえば、色々な感情が暴発してしまいそうだった。

使魔が正面の門から、堂々と中へ入る。
すると、周囲に居た使用人達が動きを止めて、意外な訪問者を見た。
見慣れない顔立ちばかりで、何人使い捨てられたのだろうかとは想像する。
相手ものことを知らないのだろう、呆然としていた。

「あの、使魔様、そちらの方は・・・」
「この子は、奥様の子供だよ。訳あって西ブロックにいたけれど、壁が崩壊したから帰って来られたんだ」
とたんに、周囲がざわつき始める。
この使用人達には何の罪もないとわかっていても、は目を鋭くせずにはいられなかった。

!」
癪に障る声で呼ばれ、は鋭い視線を向ける。
昼間に見た忌まわしい相手が、早足で向かって来ていた。
「ああ、良かった。あなたが戻って来てくれて・・・」
女性はの頬に手を伸ばしたが、瞬時に叩き落とされた。
よっぽど、今更母親顔するなと叫びたかったけれど。
その言葉をきっかけに、悪態が矢継ぎ早に出てきてしまいそうで、歯を食いしばっていた。

「・・・使魔さん、手はず通りにお願いね」
女性は叩かれた手を振り、きびすを返して去って行く。
その手の振り方が、まる汚れを振り払っているように見えて仕方がなかった。
「行こうか。部屋は準備してくれているはずだよ」
は、刀から手を離さぬまま使魔の後ろを歩いた。
広々とした廊下に、風景画の多い絵画や、大きな壺など、ただの通り道なのに無駄な物が並んでいる。
いつでも逃げられるよう、は絵画を目印に道順を覚えていた。

階段を上り、最上階へ着き、使魔が部屋に入るとも続く。
入った部屋は、廊下に続き豪華な造りだった。
金の刺繍が施してある絨毯、天蓋付きのベッド、大型のソファーなど。
にとっては、不必要な物ばかりが揃っていた。

扉を閉めると、とたんにガチャリという音がする。
はっとしてノブをまわすと、鍵がかかっていて内側からも開かないようになっていた。
どうやら、簡単に逃がす気はないらしい。
「さて、と。私はこれから依頼された事をしなければならない」
そう言うと、使魔は白衣のポケットから小型の注射器を取り出す。
嫌な予感がして、は扉を背に使魔を凝視した。

「奥様はどうしても跡取りが欲しいらしくてね。
それで、君を完全な女性にするためにホルモン注射をしてくれと頼まれたんだ」
「な・・・」
は、呆れてものが言えなくなる。
母の年齢からして、子供を産むのは辛い。
だから、未完成の子供を呼び戻し、無理矢理にでも完成品にしてしまおうというのだ。
女性になる気などないが、子供が生まれたとしてもそれが未完成品だったら、同じ様に見向きもしなくなるだろう。
使魔は薬を使わせれば厄介な相手だけれど、剣術では自分の方が上のはず。
今すぐ注射器を持つ腕を切り落としてしまえば、脅威はなくなる。

「でも、私は君を女性になんてするつもりはないよ。これは、ただのブドウ糖さ」
殺気を感じ取ったのか、使魔がやや早口で言う。
は疑いの眼差しを向けていたが、使魔は証拠を示すように、注射器の液体を半分ほど飲み干した。
渋い顔もせず、平然としている。
あれは危険な液体ではないのかと、は刀を持つ力を緩めた。

「でも、注射痕がないと疑われるから、刺してもいいかな」
は、じっと使魔を睨む。
その表情からは、何を読み取ることもできない。
どうすべきかと悩んだが、使魔が近付いて来ても刀が抜かれることはなかった。

袖がまくられ、二の腕の辺りまでが露わになる。
使魔は肘の上の辺りをさっと消毒し、素早く注射針を刺した。
痛みは一秒もなく、すぐに針が引き抜かれ、小さな絆創膏が張られる。
の袖を戻すと、使魔は注射器をゴミ箱に捨てた。
脅威がなくなると気が抜けて、は溜息をついてベッドに座った。

「・・・何で、あの女に逆らったんですか」
「君は女性でも男性でもない、だからこそ美しいんだ。
その芸術品を自らの手で崩すなんて、私にはとうていできない」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、使魔は一気に饒舌になる。

「君の性別が確固たるものであれば、私は興味を抱かなかっただろう。
男性の気質と体つき、女性のしなやかな肌と繊細な心、私はそんな中性的な要素に惹かれていだんだよ」
未完成の体を褒めちぎられて、は寒気を覚える。
異端なものを好む、異常な気質を目の当たりにすると、引いてしまう。
そんな寒気はしたけれど、使魔の言葉が嫌だとは感じていなかった。
使魔は、未完成品の体を受け入れてくれる、数少ない相手だったから。

そのとき、は気付いた。
自分に好意を持っているのならば、上手く利用できるのではないかと。
あわよくば、あの女を手にかけ、紫苑達に危害が及ばないようにできるかもしれない。
はふいに立ち上がり、使魔に近付いた。

「使魔さんは、僕に興味を持ってくれているんですね」
「もちろん。私の想いは、西ブロックに居たときに告げただろう」
使魔の元で働き、部屋へ連れ込まれたときのことを思い出すと、背筋が寒くなる。
それだけ自分の元へ引き込みたいと思っているのなら、上手く言えば、利用できる。


「使魔さん、単刀直入に言います。あの女を殺す事に協力して下さい」
その発言には虚をつかれたのか、使魔は珍しく表情を崩して驚きを露わにしていた。
だが、すぐに頬を緩ませ、不敵な笑みを浮かべる。

「いいのかい?あの人は、曲がりなりにも君の母親なのだよ」
「僕は両親の顔なんて覚えてない。あんなの、ただの他人にしか思えない」
その赤の他人が、紫苑やネズミに危害を及ぼそうとするのなら容赦はしない。
二人の為なら、再び、この手を汚してしまっても構わなかった。

「そうなると、私は依頼人を裏切ることになる。
昔から、お抱えの専門医として使ってくれた恩も忘れなければならない」
使魔は沈痛な面持ちで言ったが、その表情は演技にしか見えなかった。
依頼人を裏切ることも、恩を忘れることも、この人にとってはきっとささいなことでしかない。
感情のこもっていない言葉が、そう告げている気がした。

「もし、使魔さんが協力してくれるのなら・・・僕は、貴方の好きなようにされてもいい」
とても勇気のいる誘いかけの言葉を、は口にした。
そう言うことを予想していたのか、使魔は表情を変えなかった。
「私ははっきり言って変態だよ。それでもいいんだね」
この人は何を考えているか分からない、だから、何をされるのかも予測がつかない。
そこにあるのは恐怖しかなかったけれど、は頷いていた。

「わかった、君の望み通り事が進むようにしよう。
それじゃあ、今から私の言う事を聞いてもらうよ」
は黙って、使魔の言葉を待つ。
うまくいったと、とりあえずは安堵したが、すぐに不安感が襲ってきた。
女性を殺すためには五体満足でいる必要があるので、手荒な事はしないと思うが。
肉体的ではなく、精神的に傷を負うことは覚悟した。

「そうだな・・・一分間、君の体を眺めていたい。。
ただ座っているだけではなく、私が理想とする場面で」
以前の様に、べたべたと触られる事も覚悟していたけれど。
眺めるだけだと聞いて、は緊迫感が緩和されたように息を吐く。
それに、一分間だけなら舐めるように見られても耐えられる気がしていた。

「まずは、上半身の服を脱いで、前をはだけさせようか」
は一時の間動きを止め、服のボタンを外す。
肌着も脱ぎ、上着を着直して、要望通り前面を露にした。
中途半端に肌が見えていて、奇妙な感じがする。
服を完全に脱げと言わないところが妙なところだったが、正直助かった。
未完成の体が露わになるのは、最小限に留めたい。

「ベッドに寝転がって、片膝を立てて」
言われた通り、やけに弾力のあるベッドに横になり、膝を軽く曲げる。
意味のわからない格好だったが、使魔にとってはこれが興奮するのだろう。
天蓋を見上げる形になり、相手の目が見えなくなってちょうどよかった。
このまま終わってくれれば、どんなにいいだろうか。
だが、そんな願望は次の言葉であっけなく崩された。

「これで最後だよ。下半身の服を、全部脱いでほしい」
最後の最後で、最も躊躇うことを告げられた。
さっきまでは大人しく言うことを聞いていた体が、硬直する。
上半身はともかく、下半身は自分が最も忌み嫌い、最も見られたくはない箇所。
そんなところを、自分の手で、相手の前に曝せと言われている。

強張る手を何とか動かし、ベルトだけは外すことができた。
けれど、そこから先が、どうしてもできない。
ズボンを掴む手は、断固として動く事を拒んでいた。

「まだ、私が理想とする場面とは違う。
目の保養ができないと、明日は女性ホルモンを注射しなければならなくなるかもね」
理屈は出鱈目だったが、言う事を聞かなければ望まない結果になると脅される。
それでも、手は自身を握り締めるばかりで、服をずらそうとはしない。
感情が二つに乖離していて、葛藤する。

「君が私の望みを叶えてくれれば、私は必ず君に報いる。・・・二人の為、なんだろう」
使魔の最後の一言は、悔しさを噛みしめているような、小さい呟きだった。
は、紫苑とネズミの姿を思い出す。
同時に、自分は何を躊躇っているのだろうと思い直していた。
あの女を殺さなければ、平穏が瞬く間に崩されてしまう。
そのために、どうしてもしなければならない。
全ては、二人の為に。

手の強張りが、ふっと緩む。
は目を閉じ、何も考えないようにしながら下半身の服をずらしていく。
躊躇わないように、ズボンと一緒に、肌着も取り払う。
下半身が直接空気に触れ、遮る物がなくなる。
は、震えそうになる体を必死に抑えていた。


「ああ、・・・とても、とても美しい・・・」
使魔は、目の前の光景に酔いしれているように、恍惚の表情を浮かべて言う。
不釣り会いな、上半身と下半身の組み合わせ。
中途半端に着ている服のバランスも理想的だった。
男性とも、女性とも見て取れる姿は、他にはない中性的な魅力があり。
使魔は、瞬きする間も惜しむほど、を注視していた。


は、自分に注がれる視線を見ないようにして、目を閉じたままでいる。
これは二人の平穏を守るためなのだと言い聞かせていなければ、湧きあがる感情がとたんに服を戻させるだろう。
羞恥心などという、生易しい感情ではない。
自分自身の体を嫌悪する意識が、あわよくば相手の目を潰してしまいたいとまで思っている。
こんなにも一分が長く感じるのは、初めてだった。

「・・・こんなにも一分間が短く感じるのは、初めてだった。もう服を着ても良いよ」
そう許可されると、はすぐさまズボンを戻す。
続けて上半身の服も着直し、服の乱れを直した。

「よく耐えてくれたね。・・・彼女は、必ず殺してあげるよ」
ぞっとするほどの冷たい声に、は使魔の方を向く。
相手はもう背を向けており、表情を伺うことはできなかったけれど。
声だけでも、悪寒を覚えさせるには十分だった。
使魔が部屋を出て行くと、は胸元に手を当て、思い切り服を握り締める。
歪んだ表情は、まるで、何らかの衝動を押さえつけているようだった。

これで、紫苑と、ネズミと、その家族は安穏に暮らしてゆける。
これでよかったんだと、はひたすら自分に訴えかけていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
ネズミと紫苑が全然出てこなくて申し訳ない・・・を裸にする場面をどうしても書きたかったと言う言い訳。
次からは出ずっぱりで、その分いちゃつかせます!